Skip to content →

カテゴリー: language

終焉

個展「百年の記憶」にお越しいただきましたお客さま、本当に、心からありがとうございました

個展を振り返っても断片的にしか思い出せない
思い出すのは個展前の数ヶ月間、絵を描いていた苦しい夜だけで、本当に今回はつらかったとしか言えない

記憶や感情を題材に絵を描き続けるということは、過去の自堕落や恥だらけの時間、最悪な夜とか死ねなかった人生をひとつひとつ糸で縫い合わせていく作業を意識的に繰り返すということで、
泣き喚いて転がりまわって呻いて頭かきむしって、自分を傷つけながら絵を描き続ける意味はあるのだろうか、個展なんてする価値はあるのだろうかと、堂々巡りの地獄でした

個展期間、お客さまの優しさが身に沁みました
絵をみつめるみなさんの背中が切なくて、思わず抱きしめそうになることが多々ありました
絵をみていられないとすぐに出ていくひとや、逃げるように立ち去るひとも多く、しっかり傷つきました

自分と向き合いたいひと、抜け出せない過去があるひと、傷つきたいひと、悲しくなりたいひと、死ねなかったひと、死にたいひと、やさしいひと
わたしの絵をしっかり観てくれるお客さまは、そんなひとが多かったような気がします
大衆向けではないし、売れない絵だと理解しています
でも自己満足では無い、だけど誰かの為に描いてるわけでもない、絵と心中する覚悟で表現しています
みんな死ねと世界を恨む人生は終わって、いまは自分の中にある暗くて狭い世界で生きている過去のわたしを殺したいと願っているだけです
それが少しは伝わったかなと、ほんのちょっとだけ手応えを感じることができました

朗読「有限的展示行動」もお越しいただいたお客さま、ありがとうございました
すごいものを体感できたのではないでしょうか
音楽はテルミン奏者であり作曲家のTAKESHI YODA、身体表現は女優でダンサーの片山千穂、音響とライティングは齋藤工房の齋藤太樹でした
ものすごい才能と熱を持つひとたちで、負けられないと胃を痛めていましたが、この3人と共に戦ったからこそ表現できた世界だったと思います
去年の夏から壮絶なくらい取り掛かり、特にYODAさんとはお互いを苦しめ合う日々が続きました、一番長くわたしの詩・記憶と向き合ってくれて、わたしの記憶世界を作り上げるための音楽を産み出してくれました
3人の表現者をわたしの記憶に引き摺り込んで、悲痛に沈み、このままだと殺し合いになるのではないかと思ったこともありました、殺されなくて良かった

朗読当日、お客さまで満員のギャラリーは本当に夢のようでした
みなさんの絶望した顔、きれいな涙を流していたひと、ぜったいに、死んでも忘れないと思います
みなさんはどう思われたかわかりませんが、わたしたちは確実に獲得したものがあります
二度と同じことはできません、あの夜を目撃できたひとは幸運だと自信を持って言えます

個展でも朗読でも百年ぶんの記憶を全部吐き出しました
痛み分けしてくれて感謝しています

有限的展示行動で朗読をした壮絶な詩「百年の記憶」の一部が、いまのわたしを苦しめています

——————————————————————

すっかり空っぽになってしまって
なんにも無いところを彷徨い続けている
道なんて無い 光も無い
辿り着いたところで 待っている人なんていない

——————————————————————

まったくもっていまの状態で
それを暗示するかのような詩を書いてしまった
やっぱり過去の自分は嫌な奴で、大嫌いだ

もうからっぽです
なにもないです
白い、白い、なにもない、です

絵を描かないと

個展前のため帰省せずに新年を迎えたわけで
東京で年を越すのは初めてだなあ…なんて
ぼんやり考えながら絵を描いていたのだけれど
何年も前に一度だけ寂しい正月があったなと
ずっと忘れていたことを思い出してしまった

あのころは帰る場所が無かったので
正月は仙川に住んでた友人に会いに行って
空洞を紛らわすために酒を飲み明かすみたいな
大変くだらなくてガキっぽい過ごし方をしたけど
それはそれですごく楽しかったような気がするし
でも楽しさと引き換えに一人の帰り道は最悪で…

あの日の感情を引き戻してしまったみたいで
なんだかとても悲しくて、やるせない

助けて、は言ってはいけない呪文だから
とにかく今は絵を描かないと
ぜんぶ忘れて、忘れたいことを思い出して

たくさんの小さなSOSを見逃して
終わってしまう関係もあるから
それはあまりにも心残りになるし
前も後ろも出来るだけ気にしていたら
なんだかやたら疲れてしまった
だからと言って捨て鉢になったり
「仕方のないこと」で片付けるのは嫌いだ

ただ、美しい冬に留まるうちは
街灯消えるまで散々飲んだって
酔っ払って文字通り千鳥足で
何度も転んで雪にまみれたって
昔からの友達みたいに大笑いするだけ
それだけでいいじゃないか

静けさが増す冬の街で
雪の夜道を歩くのが好きなんだ
ここが世界の全てだと錯覚するよ
それを言葉にしちゃうロマンチシズムも
雪に埋もれてしまうか、春に溶けて無くなるか
どちらにしても切なくて美しいものだな

死にかけの絵が待つ寒くて痛い部屋に
帰ることができなくなる夜もあって
たくさんの画材を抱えて、
新宿の伊勢丹あたりで動けなくなった
誰かと一緒にいたいな、
なんて柄にも無いこと考えて
あれこれ悩んで少し勇気を持って電話をしたんだ
したっけあのこは15分で来てくれて
きれいなあのこは飛んで来てくれたよ
あのこに関しては三日前にも会ったのに
焦り顔で走って来てくれたんだ

信号には全部つかまるし
元彼が女と歩いてたし
画材の買い忘れもあったし
散々で新宿に疲れたけれど
みんなと一緒にいたいから
わざと終電逃したよ

友人と乗る深夜タクシーって
こんなにしあわせだったっけ?
さみしくないようにって
後部座席の真ん中に座らせてくれて
友達に挟まれて、笑いながら下向いて
少し泣いていたの、ばれてないよね
こんなこと他人には日常の一片だと思うけど
わたしにとっては奇跡みたいなもんで
それを理解してくれるきみたちのためなら
なんだってできそうな気がするよ

あのこの家の狭いキッチンで
まるくなって吸う煙草が好きなんだ
夜が明けて、朝帰りの中央線からみた景色は
たぶん今までで一番きれいだった
楽しいだけの日々にどんな意味があるのだろう?
苦悩に満ちて終わりかけの命で必死に生きてると
こんなに東京が美しいと思える瞬間があるのにね
徹夜明けのぼんやり頭で思い出すんだ
一番苦しかった夏のこと、
電話口で、どうすればいいのとわんわん泣いて、
夜が明けたら、あのひとも、
始発の新幹線で会いに来てくれたんだっけ

高価な画材の替わりになるものはないかって
金の無い画家なら一度は考えるよな
何年も前だけれど、メディウムを買う金が無くて
絵具に唾液を混ぜて使ってみたり
乾いていないキャンバスを舐めまわして
気持ち悪さに苦しみながら絵を描いてたっけ
結局一晩中トイレに篭って吐いたなあと
今になっても全然笑えないのだけれど

あの頃の貪欲さはもう無い
寒くて広い部屋でひとり、描きかけの絵の前で
ただ呆然と立ち尽くして時間だけが過ぎていく
今日はもういいか、諦めも大事だよな
なんならもう今回の人生も全部諦めようって
そんなことを考えるおとなになってしまった
今夜もワニスの匂いで頭痛がする頭を掻き乱して
過去に縛られ情けなく足掻いているだけだ

だから誰か助けてほしいだなんて甚だ図々しくて
それでも拠りどころはあったけれど
仕方のない現実を見てしまって
演劇みたいに大袈裟に落胆した
感情が駆け巡り、息をするのを忘れて
苦しくてやっと我にかえる
大きくため息を吐いたら
それとともに確実に消えていく想いに
行かないでと焦って手を伸ばすけれど
そこは指先も見えないくらいの濃い霧で
何をそんなに縋っていたのか忘れてしまった

傷つくことには慣れているつもりだけど
余韻も、馳せる想いも、何も無いのだなと
わたしの存在はその程度だと思い知る
仕事も生活も、いつもそんな扱いだ
だけどこの世界は優しさで溢れているらしい
わたしには到底理解できないけれど

新幹線から見た遠くの海は灰色だった

水平線がぼやけてけむりみたいで
黒っぽい空との境目があやふやで
目まで霞んできたような気がして
霧がかっていたのだと思うけれど
なんだかそれだけじゃないような
思考が巡っている時の視界みたい
悪いことを思い出しそうになって
景色を見るのをやめたのだけれど
あの灰色の海を忘れたくないなと、
あの灰色の海を絵に描きたいなと、
そう思った

なにをどうしたらいいのか
わからなくなることは多々あるが
大体は底の底までどろどろになって
心は枯れ果て荒地のようで
結果どうでもよくなったりする、
その繰り返しだ

思考の代償が苦しみだったとしても
大切に思考を尽くしたいことも
たまには、少ないけれど、確かに在って

そんなときは、読みかけの小説を一冊だけ持って
平日昼間のほとんど無人の西武新宿線で
拝島駅と西武新宿駅を行ったり来たりしながら
頭に入ってこない小説を無理矢理に詰め込む
集中できない意識は宙を舞って
拡散したわたしたちが思考を張り巡らせる
もうすぐ届きそうなところで
そういやあいつに貸した金まだ返ってきてないな…
なんて無意味な記憶や雑念ばかり生まれてしまう
その度に、わたしは理解したくないんだなと
そう理解してしまって心はがらんどうだ

だからこんなこと無駄な時間だってのは百も承知で
車窓に雨粒が当たり始めたりなんかした日には
いよいよ死にたくなって涙が溢れてくる

結局、思考に終着点など無くて
くだらない、情けない、意味無い、の呪縛から逃れたい一心だ

すべてを遮断したくて音楽の鳴らないイヤホンをさす
呼吸と心音の嵐が吹き荒れる中、きみの歌声が聴こえたらいいな
そんなことを考えている

酔ったなあと言えるくらいには酔っていないが
とにかく頭がひどく痛い
最近は酒もすぐに回るし
しばらく辞めていた煙草も増える一方だ

男と女なんて本当はそんなにいいものじゃないんだよ
「惹かれ合う」なんて 欠落人間同士で傷を舐め合いたいだけで
「運命」なんてそんなもん 売れ残りが身を寄せ合っているだけだ

感傷に浸ることができれば
無意味なセックスだって美しい思い出になるのかな
結局は欲と寂しさを誤魔化すためだけの
生産性の無い行為に必死になる獣たちに
殺したいほどの嫌悪感を抱く夜もあるけれど
実は性行為も絵を描くことも似たようなもんで
価値も無ければ、仕事にしないと金にもならない
心は死んでゆくし、ただただ孤独になるだけだ

そんな捻くれた思考で今夜も浴槽を満たしてゆく
溢れて流れ落ちる想いは汚い下水道行きだけれど
いずれ海に還れたら それはそれで悪くないかもな

いつのまにか床で寝てしまっていたみたいで身体中が痛い
寝ても覚めても治らない頭痛にイライラするけど
煙草を挟む指が絵の具で汚れているのを見ると少し安心する

ダイニングテーブルには優しさの形跡
濃い色の珈琲 たまごのサンドイッチとヨーグルト
不細工に切り分けられた果物
それと、たった二行の、曇り空色の置き手紙

売れるかどうかもわからないわたしの絵たちは
きっとまた道端のゴミみたいな扱いを受けて
誰からも忘れ去られてしまうのだろうね
なんてもう何年もそんなこと言い続けている
でもきみは、「自分次第だよ」とか
そんな眇眇たること言わないから好きだった

もう赤い絵は描けないと思っていたけれど
沈痛だけはわたしのそばにいてくれるみたいなので
また性懲りもなく 視界が赤に染まっていく

14歳くらいのときに読んだ小説で心に残っているものがある
余命わずかの恋人をもつ男が 彼女の死に場所として南フランスのニースを選び
彼女がそこで死ぬまでの美しくて悲しい二人の日々を綴ったもので、
愛するひとを失った男の悲痛 文字を越えて 叫び声が聞こえてくるようだった

わたしも大人になったら無条件で愛されるものだと思ってたけれど
そううまくはいかないもので
今となっては あの小説はただのフィクション純愛物語でしかない

そのとき、というかいまだにひとりぼっちのわたしは
きれいな場所で死ねるならと 縋る思いでニースも行ってみたが
街が美しすぎて わたしの墓場にはふさわしくないなと思った

ちょうどいい死に場所はないか?と悪戯みたいに友人に聞いたら
僕の家がいいんじゃないかと提案してくれたので
鵜呑みにしたガキは身辺を整理しスウェーデンへ向かった
ストックホルムから電車とバスを乗り継いで約一時間
森が深いところに おもちゃみたいな彼の家があり
窓からは木々と湖が見えて 金持ちそうな人が乗馬で通り過ぎる
事情を知っていたであろう彼の家族は
いつまでもここにいなさいと優しかった

そこの家には毛の長い猫がいて
心無い人間に放り出され餓死寸前 ママが拾って助けたそうだ
過去に捨てられたストレスで その猫は毎晩廊下で吐く
そのたびに家族みんな廊下に出て 猫を撫でて抱いてあげていた
わたしも一緒に 家族の一員になったみたいに
見よう見まねで猫を撫でたら 無性に悲しくなって
涙が止まらなくなって 生きたいと泣いた
そしたらママは、わたしに猫を抱かせてから わたしを抱いてくれた
あのときのわたしは 世界に放り出された猫と同じだったのだと思う

新しい朝は 心が落ち着くからと淹れてくれた 薄い味の珈琲を飲んだ
確かに胸のあたりを覆っていた黒い霧が晴れたような気がした

いまでは東京で朝夜関係なしに 雑味がひどい珈琲を流し込んでいる
また血の味がする美味しい珈琲を飲むためには
こんなくだらない人生に飽きるまでだらだらと生きながらえて
死に場所にふさわしくないどこかに辿り着くしかない
の かもしれない

いまでも思うのは 他人の気配がする家はいいよなってこと
冷たい部屋で 久しぶりにあの純愛小説を読んだけれど
特になにも感じること無くて
ただ、シンクに溜まったコーヒーカップを
ひとりで洗うときの気持ちを誰か救ってほしい
と 思った

error: