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高価な画材の替わりになるものはないかって
金の無い画家なら一度は考えるよな
何年も前だけれど、メディウムを買う金が無くて
絵具に唾液を混ぜて使ってみたり
乾いていないキャンバスを舐めまわして
気持ち悪さに苦しみながら絵を描いてたっけ
結局一晩中トイレに篭って吐いたなあと
今になっても全然笑えないのだけれど

あの頃の貪欲さはもう無い
寒くて広い部屋でひとり、描きかけの絵の前で
ただ呆然と立ち尽くして時間だけが過ぎていく
今日はもういいか、諦めも大事だよな
なんならもう今回の人生も全部諦めようって
そんなことを考えるおとなになってしまった
今夜もワニスの匂いで頭痛がする頭を掻き乱して
過去に縛られ情けなく足掻いているだけだ

だから誰か助けてほしいだなんて甚だ図々しくて
それでも拠りどころはあったけれど
仕方のない現実を見てしまって
演劇みたいに大袈裟に落胆した
感情が駆け巡り、息をするのを忘れて
苦しくてやっと我にかえる
大きくため息を吐いたら
それとともに確実に消えていく想いに
行かないでと焦って手を伸ばすけれど
そこは指先も見えないくらいの濃い霧で
何をそんなに縋っていたのか忘れてしまった

傷つくことには慣れているつもりだけど
余韻も、馳せる想いも、何も無いのだなと
わたしの存在はその程度だと思い知る
仕事も生活も、いつもそんな扱いだ
だけどこの世界は優しさで溢れているらしい
わたしには到底理解できないけれど

新幹線から見た遠くの海は灰色だった

水平線がぼやけてけむりみたいで
黒っぽい空との境目があやふやで
目まで霞んできたような気がして
霧がかっていたのだと思うけれど
なんだかそれだけじゃないような
思考が巡っている時の視界みたい
悪いことを思い出しそうになって
景色を見るのをやめたのだけれど
あの灰色の海を忘れたくないなと、
あの灰色の海を絵に描きたいなと、
そう思った

なにをどうしたらいいのか
わからなくなることは多々あるが
大体は底の底までどろどろになって
心は枯れ果て荒地のようで
結果どうでもよくなったりする、
その繰り返しだ

思考の代償が苦しみだったとしても
大切に思考を尽くしたいことも
たまには、少ないけれど、確かに在って

そんなときは、読みかけの小説を一冊だけ持って
平日昼間のほとんど無人の西武新宿線で
拝島駅と西武新宿駅を行ったり来たりしながら
頭に入ってこない小説を無理矢理に詰め込む
集中できない意識は宙を舞って
拡散したわたしたちが思考を張り巡らせる
もうすぐ届きそうなところで
そういやあいつに貸した金まだ返ってきてないな…
なんて無意味な記憶や雑念ばかり生まれてしまう
その度に、わたしは理解したくないんだなと
そう理解してしまって心はがらんどうだ

だからこんなこと無駄な時間だってのは百も承知で
車窓に雨粒が当たり始めたりなんかした日には
いよいよ死にたくなって涙が溢れてくる

結局、思考に終着点など無くて
くだらない、情けない、意味無い、の呪縛から逃れたい一心だ

すべてを遮断したくて音楽の鳴らないイヤホンをさす
呼吸と心音の嵐が吹き荒れる中、きみの歌声が聴こえたらいいな
そんなことを考えている

酔ったなあと言えるくらいには酔っていないが
とにかく頭がひどく痛い
最近は酒もすぐに回るし
しばらく辞めていた煙草も増える一方だ

男と女なんて本当はそんなにいいものじゃないんだよ
「惹かれ合う」なんて 欠落人間同士で傷を舐め合いたいだけで
「運命」なんてそんなもん 売れ残りが身を寄せ合っているだけだ

感傷に浸ることができれば
無意味なセックスだって美しい思い出になるのかな
結局は欲と寂しさを誤魔化すためだけの
生産性の無い行為に必死になる獣たちに
殺したいほどの嫌悪感を抱く夜もあるけれど
実は性行為も絵を描くことも似たようなもんで
価値も無ければ、仕事にしないと金にもならない
心は死んでゆくし、ただただ孤独になるだけだ

そんな捻くれた思考で今夜も浴槽を満たしてゆく
溢れて流れ落ちる想いは汚い下水道行きだけれど
いずれ海に還れたら それはそれで悪くないかもな

いつのまにか床で寝てしまっていたみたいで身体中が痛い
寝ても覚めても治らない頭痛にイライラするけど
煙草を挟む指が絵の具で汚れているのを見ると少し安心する

ダイニングテーブルには優しさの形跡
濃い色の珈琲 たまごのサンドイッチとヨーグルト
不細工に切り分けられた果物
それと、たった二行の、曇り空色の置き手紙

売れるかどうかもわからないわたしの絵たちは
きっとまた道端のゴミみたいな扱いを受けて
誰からも忘れ去られてしまうのだろうね
なんてもう何年もそんなこと言い続けている
でもきみは、「自分次第だよ」とか
そんな眇眇たること言わないから好きだった

もう赤い絵は描けないと思っていたけれど
沈痛だけはわたしのそばにいてくれるみたいなので
また性懲りもなく 視界が赤に染まっていく

14歳くらいのときに読んだ小説で心に残っているものがある
余命わずかの恋人をもつ男が 彼女の死に場所として南フランスのニースを選び
彼女がそこで死ぬまでの美しくて悲しい二人の日々を綴ったもので、
愛するひとを失った男の悲痛 文字を越えて 叫び声が聞こえてくるようだった

わたしも大人になったら無条件で愛されるものだと思ってたけれど
そううまくはいかないもので
今となっては あの小説はただのフィクション純愛物語でしかない

そのとき、というかいまだにひとりぼっちのわたしは
きれいな場所で死ねるならと 縋る思いでニースも行ってみたが
街が美しすぎて わたしの墓場にはふさわしくないなと思った

ちょうどいい死に場所はないか?と悪戯みたいに友人に聞いたら
僕の家がいいんじゃないかと提案してくれたので
鵜呑みにしたガキは身辺を整理しスウェーデンへ向かった
ストックホルムから電車とバスを乗り継いで約一時間
森が深いところに おもちゃみたいな彼の家があり
窓からは木々と湖が見えて 金持ちそうな人が乗馬で通り過ぎる
事情を知っていたであろう彼の家族は
いつまでもここにいなさいと優しかった

そこの家には毛の長い猫がいて
心無い人間に放り出され餓死寸前 ママが拾って助けたそうだ
過去に捨てられたストレスで その猫は毎晩廊下で吐く
そのたびに家族みんな廊下に出て 猫を撫でて抱いてあげていた
わたしも一緒に 家族の一員になったみたいに
見よう見まねで猫を撫でたら 無性に悲しくなって
涙が止まらなくなって 生きたいと泣いた
そしたらママは、わたしに猫を抱かせてから わたしを抱いてくれた
あのときのわたしは 世界に放り出された猫と同じだったのだと思う

新しい朝は 心が落ち着くからと淹れてくれた 薄い味の珈琲を飲んだ
確かに胸のあたりを覆っていた黒い霧が晴れたような気がした

いまでは東京で朝夜関係なしに 雑味がひどい珈琲を流し込んでいる
また血の味がする美味しい珈琲を飲むためには
こんなくだらない人生に飽きるまでだらだらと生きながらえて
死に場所にふさわしくないどこかに辿り着くしかない
の かもしれない

いまでも思うのは 他人の気配がする家はいいよなってこと
冷たい部屋で 久しぶりにあの純愛小説を読んだけれど
特になにも感じること無くて
ただ、シンクに溜まったコーヒーカップを
ひとりで洗うときの気持ちを誰か救ってほしい
と 思った

歌舞伎町のいつもの居酒屋で
あいかわらず仕事の話で酒を飲みすぎて二日酔いだ
銀色の灰皿に溜まる一方の吸い殻を改めて見ると
これまで傷つけてきたひとたちを思い出して
我にかえり だいぶ落ち込んでしまう
基本的に酒は悲しいものだ

熱くなって喧嘩したか 最終に乗るためだったか
それはもう忘れたけれど
ひとり居酒屋を出るといつの間にか大雨で
少し驚く態度をしてみせてから
なんだか今はちょうどいいな なんて思った

そんなことはどうでもよくて
ギリギリの軒下で途方に暮れていたら
呼び込みをしていたバイトの男の子が
これどうぞ と 傘を差し出してくれた
好きだったひとと声が似ている気がして
すぐに恋をしたけれど
帰りの電車ではもう顔も忘れて
最寄駅に着いたら雨は上がっていたので
もらった傘は駅に捨てて帰った

心につっかかる仕事を終わらせたのは朝の7時半だった
かれこれ一週間 外には出ていない
もちろん買い物にも行けなかったので
冷蔵庫には調味料と賞味期限が過ぎた卵が6個
コーヒーばかり飲んで血まで土色になった気がする

人間たちが生活を始めるころ
寝る前のシャワーを浴びる
あれ、昨日はお風呂に入ったっけ なんて
湯気がかった頭で考えては消えてゆく

とにかくベッドで眠れることがうれしい
締切を落とすのがおっかなくって
ここ最近は寝心地の悪いソファーで横になってたもんな
ベッドに体を埋めて 体に空気が残らないくらいの
ため息を吐いた

目を閉じて闇に体ごと引きずり込まれそうな瞬間
仕事終わったの?なんて きみの掠れたこえが耳元で聞こえた
互いの髪の毛が擦れる音が心地いい
健全な人間たちは こんな気持ちを幸せというのだろうか

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